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Attraction 歴史的価値を背景に確かな都市計画で未来を拓く魅力の地。

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Attraction 歴史的価値を背景に確かな都市計画で未来を拓く魅力の地。

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水・緑・歴史が薫る文化創造都市、木津川市。 水・緑・歴史が薫る文化創造都市、木津川市。
古代より要衝として栄えた木津。

3世紀ごろから木津川(泉川〈いづみがわ〉と呼ばれていた)が交通路として利用され、 淀川を通り大和と瀬戸内を結ぶ航路の起点にあった木津。奈良時代には、平城京などの 都城建設のための「木材の港(津)」として栄えたことが地名の由来となっています。 天平12年(西暦740年)には、聖武天皇が平城京から現在の加茂町の恭仁京に都を遷し、 5年にわたって日本の首都となりました。また、古くから都と関連が深く、奈良や京都、 伊勢、伊賀を結ぶ街道の宿場町として発展、江戸時代には木津川の治水事業や農地の拡大などが進められ、 現在のまちの姿に近いものとなりました。明治時代になると、鉄道や道路の交通網の整備が進められ、 大都市近郊の立地条件を生かした近郊農業が盛んになりました。歴史と文化を積み重ねてきた3つの町が 合併して誕生した木津川市。昭和60年代以降、関西文化学術研究都市の建設が進められ、20以上の研究 施設等が立地。大阪・京都両都市の30㎞圏、1時間以内の距離にあり、ベッドタウンとして人口が増加しています。

古代より要衝として栄えた木津。

3世紀ごろから木津川(泉川〈いづみがわ〉と呼ばれていた)が交通路として利用され、 淀川を通り大和と瀬戸内を結ぶ航路の起点にあった木津。奈良時代には、平城京などの 都城建設のための「木材の港(津)」として栄えたことが地名の由来となっています。 天平12年(西暦740年)には、聖武天皇が平城京から現在の加茂町の恭仁京に都を遷し、 5年にわたって日本の首都となりました。また、古くから都と関連が深く、奈良や京都、 伊勢、伊賀を結ぶ街道の宿場町として発展、江戸時代には木津川の治水事業や農地の拡大などが進められ、 現在のまちの姿に近いものとなりました。明治時代になると、鉄道や道路の交通網の整備が進められ、 大都市近郊の立地条件を生かした近郊農業が盛んになりました。歴史と文化を積み重ねてきた3つの町が 合併して誕生した木津川市。昭和60年代以降、関西文化学術研究都市の建設が進められ、20以上の研究 施設等が立地。大阪・京都両都市の30㎞圏、1時間以内の距離にあり、ベッドタウンとして人口が増加しています。

幻の都「恭仁京」。

天平12年(740年)、聖武天皇によって行われた恭仁京遷都。加茂盆地に壮大な都が造られました。「続日本紀」に「賀世山(鹿背山)西路より東を左京、西を右京とする」と記されており、他の都城同様、左京と右京があったことが推測されています。恭仁京はわずか5年ほどの短命な都でしたが、廃都後、山城国分寺が跡地に営まれ、現在も七重塔跡礎石が往時を忍ばせています。盆地を取り巻く美しい山並みと東西を横切るように流れる大河・木津川。「みもろつく鹿背山の際に咲く花の 色めづらしく 百鳥の声なつかしく」(万葉集)。この山紫水明の織りなす景観は、旧都の記憶とも相まって、多くの歌人によって詠まれてきました。

幻の都「恭仁京」。

天平12年(740年)、聖武天皇によって行われた恭仁京遷都。加茂盆地に壮大な都が造られました。「続日本紀」に「賀世山(鹿背山)西路より東を左京、西を右京とする」と記されており、他の都城同様、左京と右京があったことが推測されています。恭仁京はわずか5年ほどの短命な都でしたが、廃都後、山城国分寺が跡地に営まれ、現在も七重塔跡礎石が往時を忍ばせています。盆地を取り巻く美しい山並みと東西を横切るように流れる大河・木津川。「みもろつく鹿背山の際に咲く花の 色めづらしく 百鳥の声なつかしく」(万葉集)。この山紫水明の織りなす景観は、旧都の記憶とも相まって、多くの歌人によって詠まれてきました。

街ぐるみで育みを推進する木津川市。
街ぐるみで育みを推進する木津川市。 木津川市では、子育てサポートに積極的に取り組んでいます。
KEIHANNA SCIENCE CITY
素敵な未来が育つ「けいはんな学研都市」。
素敵な未来が育つ「けいはんな学研都市」。
時代の先を行く国家プロジェクト「関西文化学術研究都市」。

京都・大阪・奈良の3府県にまたがる丘陵地帯に、新文化・新産業の発信の拠点・中心となることを目指し、 国家プロジェクトとして1987年より本格的に都市建設が始まったのが、「関西文化学術研究都市(愛称:けいはんな学研都市)」です。 現在では、大学や文化施設、各種研究機関などの立地施設が130を超え、産学官連携による多くの成果も生まれています。 また、計画的に開発された自然と都市的な利便性を兼ね備えたニュータウンが次々誕生しています。

時代の先を行く国家プロジェクト「関西文化学術研究都市」。

京都・大阪・奈良の3府県にまたがる丘陵地帯に、新文化・新産業の発信の拠点・中心となることを目指し、 国家プロジェクトとして1987年より本格的に都市建設が始まったのが、「関西文化学術研究都市(愛称:けいはんな学研都市)」です。 現在では、大学や文化施設、各種研究機関などの立地施設が130を超え、産学官連携による多くの成果も生まれています。 また、計画的に開発された自然と都市的な利便性を兼ね備えたニュータウンが次々誕生しています。

環境未来都市を目指す木津地区。

木津地区は、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(量研機構)関西光科学研究所など、 主として自然科学系の文化学術研究施設、研究開発型産業施設からなる研究開発、先端産業の拠点としての整備を推進するとともに、 自然環境を活用した住宅施設及び都市的サービス施設等の整備が推進されています。2012年に、 「農(みのり)のまちづくり」をコンセプトに城山台(計画人口11,000人)が街開き、 2016年には京都大学大学院農学研究所附属農場が開所しています。

環境未来都市を目指す木津地区。

木津地区は、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(量研機構)関西光科学研究所など、 主として自然科学系の文化学術研究施設、研究開発型産業施設からなる研究開発、先端産業の拠点としての整備を推進するとともに、 自然環境を活用した住宅施設及び都市的サービス施設等の整備が推進されています。2012年に、 「農(みのり)のまちづくり」をコンセプトに城山台(計画人口11,000人)が街開き、 2016年には京都大学大学院農学研究所附属農場が開所しています。

SHIROYAMADAI
計画戸数約3,800戸、計画人口約11,000人の街づくり「木津中央城山台」。
計画戸数約3,800戸、計画人口約11,000人の街づくり「木津中央城山台」。