78年から82年までアメリカのロサンゼルスに赴任したのを最初に、95年からオーストラリア、ロサンゼルス、デトロイトと通算十数年を海外でくらされたKさま。お二人のお子さまも高校まで海外の学校で教育を受けておられましたが、現在は日本の大学に通われています。
お子さまたちの教育を振り返り、感慨深げに奥様は言われます。「オーストラリアもアメリカも、学校には歩いて通えないので子供たちは私が車で送り迎えしました。
オーストラリアでは娘の学校に日本人が他に誰もいなくて学校に行くと日本語はしゃべれない。だから朝晩の送り迎えの時には車の中でたくさんおしゃべりをしました。
娘とは友達みたいな感覚ですし、海外でくらしたおかげで家族の結束も深まったと思います」。
めまぐるしい海外生活の中で"家族"についてよく語り合ったというご夫婦が、日本の住まいづくりを具体的に考えられたのはデトロイトに赴任された際のこと。
「今後、子供たちも世界中のどこでくらすことになるかまったくわからないけれど、帰ろうと思ったらいつでも帰れる家があると安心できるだろうな、と」。そんな時、たまたま開いた情報紙に載っていたのがパナソニック ホームズの広告だったそうです。