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私たちのあゆみ(沿革)

良き家をつくりたい。それが原点良き家をつくりたい。それが原点

創業以来、変わらずに持ち続けている「良家の想い」と、時代とともに変わり続けてきた「進化の系譜」。
人びとの暮らしを見つめ、その暮らしの向上を探求してきた、パナソニックの100年。
「住まいは人が暮らしていく上で最も大切な場であり、人格を形成していくもの。それにふさわしい良き家をつくりたい。」
創業者 松下幸之助の強い使命感と日本の住まいへの想いから、私たちパナソニック ホームズは生まれました。
そして、その想いは今も変わることなく受け継がれています。

家電から「住まい全体」の創造へ。
松下幸之助の夢が広がる。

第1次試作住宅の方向性を検討するK企画班

創業前史

当社の原点。
それは、はるか戦前にまでさかのぼります。

「われわれの事業経営もまた、人間生活の維持向上に
必要不可欠な物資を生産する聖なる事業ではないか」。

後に「水道哲学」と呼ばれるようになる創業者、松下幸之助の思いは
戦前、戦後を通じて家電の生産・販売という形に結晶し、
多くの人のくらしを便利で快適なものにしました。

そんな中、工業化住宅の商品化に向け、組織が動き出します。

K(マルケー)企画」

工業化住宅の頭文字を取って名付けられたこのプロジェクトに、
社の内外からさまざまな人材が集まりました。
それこそが後のパナソニックホームズにつながる、
挑戦の始まりであったのです。

  • 1960年
    K企画班により試行錯誤の末、第1次試作住宅が完成。視察に訪れた松下幸之助はたった一点の隙間に気づき「家も時計のように精密に」と話しました。この言葉にメンバーは気持ちを新たにし、さらなる改良を重ねました。
  • 1961年
    当時は強度の関係から溶接しか認められていませんでしたが、K企画班は、溶接を使わずにボルトで固定する鉄骨構造にこだわりました。京都大学の協力により、ボルトそのものから開発し、高い強度をもつ独自の「柱・梁ラーメン構造」を開発しました。
  • 1961年
    パナソニック ホームズの原点となる「松下1号型住宅」完成。最先端の技術を結集し、当時の住宅として画期的だった「柱・基本モジュール」の採用をはじめ、パネルシステムの設計や換気ガラリの採用など、工業化住宅のメリットを生かしたポリシーを打ち出しました。
  • 1962年
    台風の通り道として知られる和歌山県潮岬に、実際の住宅を建設して実験を実施。耐候性や防錆度合いなどのさまざまなデータを集め、独自の鉄骨構造の強さを実証すると共に、以降の設計開発に役立てました。

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